□ 自然を慈しみ美を愛するPhotoLife /  BGM-G線上のアリア
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大いなる名古屋弁・・・・大いに結構名古屋は楽し~・・・・・・

飛び出した名古屋弁~~~現在名古屋に住んでいる私も”わからへん”
意味があるきゃ~~~あ、名古屋弁まあ~~最近名古屋市長の河村さんがきつい名古屋弁話しますね。


異論ありの人もあるようだけど、私にもいいか悪いかの判定はいまいちできない状況・・・・。
なんたって地元に古くからある言葉否定はね~~~~~~できません??

大阪生まれの管理人、じゃ、”関西弁あかへんで~~^”なんていわれたらやっぱりおこりますわ。


そんなおもろ~~い気持ちで楽しい名古屋の大須みたってください。
万松寺商店街を闊歩見る物見~~んな新鮮で他のし~~~~~~~~~~~~~。


■まずは商店街に掲げられた名古屋弁応援幕っていえそう・・・・・めっちゃええや~~~ね。

おひさしぶりね、どこへ行かれるの!
お参りに行くところです。

こうなるところですが、これを早口でササッと話されると一瞬頭がパニック、文法から紐解かないとね??
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アーケード街を歩くとこうした垂れ幕がところどころに!!名古屋弁の記載・・・・ごっつうええわ~~!!

見ているだけで浮かれるやっぱり名古屋弁は愉快なのかもしれない。
こんな気分にさせてバンバン買い物なんてしちゃうと、帰りには財布からっぽかもしれん。

食べ物もおいしい!!外国のお店もあって実際にゆったりと歩くとほんとに楽しいんです。
おなかがすいたら易くておいしいお店に飛び込んで、またショッピング、安くてお値打ち名商品いっぱいだから楽しい感覚もすごく新しくて若者のすきそうなお店いっぱい、電気関係もま~秋葉原にはまけるかも??
だけど名古屋アメ横もあるし・・・・・・・・よってみよ。

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■万松寺の由来

戦前、名古屋の代表的繁華街として、市民はいうにおよばず、東海一円から東京、大阪にまでその名を知られた町。

今でいうレジャー、食事、 ショッピングの街として庶民の人波絶えなかった万松寺通。
新天地通を含めた一帯の繁華街は、 戦災に遭い、また戦後の都市計画、交通網再編、娯楽志向の変遷などもあって、 繁華街の代表の座を栄や名古屋駅前に一歩譲った感がある。
地域のお年寄りにお聞きすると昔は納屋橋や円頓寺とおりや、大須で遊ぶなんて結うのがあったそうで、仕事帰りの人や酒を飲みに出かける先立ったりしたようです。
今のように娯楽がたくさんある時代でもありません人の出るにぎやかなところにより人が集まったのですが、そういった商店街は今さびてかけています。

駅前を中心とした繁華街、見栄えのよいビルが立ち並びブランドのお店が軒を並べかっこいい居酒屋が軒を並べていると若者がながれますね。

そんな現代から大須は送れたように見える町だけどいったん大須に言ってみるととりこにもなりそうなくらい新しく新鮮で目を見張ることばかり、二度三度出かけたくなる町が大須なのです。

昨今また見直しの機運が市民、 とくに若者の間に広がり、昔日の賑いが、この古き、よき門前の街に帰りつつある。

また地域の皆様による大須夏祭りなどもあり大道芸なども盛んで大勢が集まってくる。
今商店街がシャッターどおりなどといわれますが昔の繁栄におごることなく頭をたれたこの大須、園芸も盛んでいまや名古屋になくてはならない電気、ファッション、OA・PC機器など若者中心のメッカとなっています。





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■万松寺境内、身代わり不動様
何かいわれがありそうなので調べてみました。


万松寺に安置される不動明王は御立体の石像は、名古屋城築城で万松寺が移転するとき加藤清正がいつも礼拝していたこの不動明王も同時に移したもの。
「大日如来の教令を奉じ、忿怒の形を示現し一切の悪魔を降伏する真言明王の御威勢を示し給ふ妙相を表示し奉れり.......されば霊験殊に著しく、四衆信仰の衰萎したることなし」と伝えられる。

これより先2570年、5月、織田信長が越前朝倉を攻略した帰路、琵琶湖の北、千草越えの時、杉谷善住坊という鉄砲の名手にねらいうちされた。

日ごろ信心深かった不動明王の加護によるものか、二発の命中弾は信長が懐中にしていた干餅(兵糧)に当たり、かすり傷のみで難を逃れたという。
餅は万松寺和尚からもらい受けたものだった。
慶長の名古屋城構築に際し、万松寺に滞在した加藤清正がこの話を聞き、「身代わり不動」と命名された。

また門前の茶屋で売っている餅も、当時の人々は「身代わり餅」と称し、災難、厄除けに争って賞味したという。
現在、この茶屋はなくなっています。
毎月28日、この由緒を後世に伝えるための境内で餅をつき、参詣の善男善女に厄除けとして配られる。
また往時有名な客で、この不動明王の熱烈な信者だった尾張大八が御加護を受けて一身の大災難を免れた話も伝えられるほど。
こうしたことから厄除け、交通安全を祈願する信者が後を断たず、ドライバーから「あわやの時、不思議と事故にならなかった」「事故にあったが、全然けがもしなかった。身代わりの不動さんのお陰だ」とお礼参りに訪れる人が多い。
写真を撮りにいったときも大勢がありがたくお参りしておりました。
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身代わり不動の言い伝えは確かかどうかは今は検証できませんが・・・・・・・・ありがたいのです。
信長の時代からもう存在していたといわれるありがたい不動様やはり私も撮影の後で手を合わせました。
たくさんの線香がたかれていました。
このお不動様がアーケード内にあることが、より不可思議なきもちになります。
ま、お不動様のあるところがなぜかにぎやかな商店街になってしまったといったところでしょうか。

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